投資は購入より売却が難しい
売却時に生じる人間の複雑な心理
手持ちの投資信託でも、株式でも、何でもいいのですが、私たちがいま保有している
金融商品の一部、あるいは全部について、売却を検討するケースを考えてみます。
手持ちの投資信託や株式が、購入したときより値下がりしていた場合には、
人びとは「もう少し待てば価格が買い値あたりまで戻るのではないか」と思い、
損切り(損失が出ると分かっていて売ること)をためらう傾向が強いようです。
反対に、手持ちの投資信託や株式が、購入したときより値上がりしていた場合には、
人びとの心理状態は大きく2つに分かれる傾向がみられます。
ひとつは、「これからまだ値上がりするかもしれない」と思い、売ることを
ためらうというもの。
もうひとつは、「現状から値下がりして価格が買い値を下回ってしまうこと」を恐れ、
できるだけ早く売却して、利益を確定させたいというもの。
どうやら私たち人間には、投資にあたって「損失を避けたい」という気持ちや、
「これから得られる利益を逃したくない」という気持ちが強く働くようです。
人間の心理状態が、実際の経済行動にどのような影響を及ぼすかを研究する、
「行動経済学」という学問分野があります。
行動経済学では、私たちが投資で損失を避けたいと願うのは「損失回避性」が、
さらなる利益を逃したくないと思うのは「保有効果」が、それぞれ働いて
いるからだと考えます。
●損失回避性:人間が同じ金額の利益と損失を比較した場合に、
利益を得る喜びよりも、損失を被る悲しさの方がより大きくなるため、
損失を回避しようとする習性。
●保有効果:人間がいちど何かを手に入れると、それが手元になかったときよりも
価値が高いもののように感じて、手放すことに抵抗を感じる現象。
私たち人間の心理は、まことに複雑で、我がままなものなのですね。
いずれにしても金融商品の売却は、あくまでも私たち自身が決めておこないます。
自らの手で「損失を確定させること」や、「さらなる利益の芽を摘み取ること」は、
多くの人にとって、どうしても許しがたい行為なのでしょう。
投資において、売却が購入よりもはるかに難しいといわれるのは、
こうした人間の心理が大きく影響するためです。
そんな心理的な壁を打ち破るひとつの方法として「損切りルール」があります。
自分が持っている投資信託や株式の価格が、たとえば買い値から10%や
20%下がったら、その時点で半額分を売るとか、すべてを売るなどと、
あらかじめ自分のなかでルールを決めておきます。
実際に価格がその水準まで下がったら、機械的にルールを実行することで、
売却に対する心理的な抵抗感を振り払うことができるというわけです。
この損切りルールを逆手にとれば、「益切りルール」をつくることもできるでしょう。
現状の価格が買い値より上がっている場合に、まだ上がるのではないかと売却を
ためらったり、これから下がるのを恐れて売却を急ぎすぎてしまう人のための
ルールです。
損切りの場合と同じように、手持ちの投資信託や株式の価格が買い値から
〇%上がったら、どれだけを自動的に売ると決めておくことで、売却に対する
ためらいや、焦りの気持ちを振り払うわけです。
換金して使うときが、金融商品の売りどき
ところで、そもそも損切りには、どのような意味があるのでしょうか。
まず、それ以上の価格下落による損失の拡大を防ぐこと。
さらに、損切りによって投資信託や株式などを換金し、現金を手にすれば、
その資金を使って新たな投資を始めることも可能です。
いつまでも売却をためらい続ける、いわゆる「塩漬け」の状態では、
手元に資金がないために新たな投資を始められず、手持ちの投資信託や株式の
価格が回復するのをひたすら待つしかありません。
たとえば投資信託を100万円の資金で購入し、基準価額が10%値下がりした時点で
すべてを損切りすると、手元には単純計算で90万円が残ります。
その90万円を使って新たな投資信託を購入した場合、12%の値上がりによって、
最初の100万円を回復することができます。
しかし冷静に考えると、新たに購入した投資信託が実際に値上がりしてくれなければ、
せっかく損切りをしても、その甲斐がなかったことになります。
投資を継続するという前提で、損切りを意味のあるものとするためには、
私たちがタイミングよく、これから値上がりしそうな投資信託を新たに選んで
購入する必要があるわけです。
そんな都合のよいことが、本当に可能でしょうか。
むしろ、そういうタイミングを測った銘柄選びや投資が難しいからこそ、
私たちは投資信託という金融商品を使うのではなかったでしょうか。
損切りによって、いったん投資を完全に中断する場合はともかくとして、
これからも投資を続けていくつもりの人は、損切りの是非について、
よくよく考えた方がいいかもしれません。
とくに、自分のなかで「売却の必要性」がはっきりしていない場合は
注意が必要です。
たとえば株式市場で暴落が起きて、投資家がパニック売りに走っているようなとき、
「自分も売った方がいいかも」と、あたふたしてしまう人は少なくないでしょう。
私たちが金融商品の売却を本当に迷うのは、売る必要に迫られたときではなくて、
「売りたい」という誘惑にかられたときなのだと思います。
損切りルールにもとづく自動的な金融商品の売却には、
私たちに「自分で決断したのではない」という言い訳を与えて、
売りたいという気持ちを正当化させる面が強いような気がします。
私たちが金融商品を売る必要に迫られるのは、言うまでもなく、それを換金して
使うニーズが生じたときです。
自分や家族が病気で入院する、住宅を購入する、子どもの学費を払い込む…。
そうした資金ニーズが自分にとって本当に必要なことならば、金融商品の売却によって
投資の損失が確定する悲しみや、売却後に価格が上がったらどうしようという心配は、
まったくもって取るに足らないことです。
このように考えることによって、私たちが投資をやる理由もはっきりしてきます。
私たちは、将来的にどこかで金融商品を換金して使うために投資をやるのであり、
ただ単に財産が増えたといってニヤニヤするために、わざわざ投資などという
面倒なことをやるのではありません
換金して使うニーズが生じたとき以外で唯一、金融商品の売却を考えた方がいいのは、
以下のような場合です。
●投資信託/ファンドマネージャーの交替などにより、投資の方針が明らかに
従来とは変わってしまい、そのまま継続して保有することに疑問を感じたとき。
●株式銘柄/企業の不祥事や経営悪化などにより、購入時に考えていた企業価値が
明らかに損なわれてしまい、もはや保有するに値しないと感じたとき。
こんなときは、たとえ現状で目立った価格の下落が生じていなくても、
早めに売却を検討すべきだと思います。