解✦談

解りやすく、解きほぐします。

日本の財政をめぐる空しい議論

財政再建派の懸念とリフレ派の主張

 

日本の借金は現在、国と地方自治体を合わせて1200兆円を超える規模に
膨れ上がっています。

こうした状況を危機的とみなして、専門家の間には「財政再建を急ぐべき」という
声があります。

財政再建の具体的な目標のひとつに挙げられているのが、プライマリーバランス
(国や地方自治体などの基礎的財政収支)の黒字化です。

日本政府は2018年の段階で、プライマリーバランスを2025年で黒字化する方針を
掲げましたが、その実現は誰がみても、すでに困難なのが実情です。

日本では近年、プライマリーバランスがマイナス(赤字)の状態が続いており、
国債などを発行しないと、国民生活に必要な1年分の支出をまかなうことが
できません。いわば借金頼りで毎年の国家予算が成立しているわけです。

今後もその状態が続くと、将来的に日本の「国家としての信用」が疑問視されて、
国債を買ってもらえなくなったり、世の中の金利が急上昇するのではないかと、
財政再建の人たちは懸念しています。

ただし、じゃあどうすればいいのか、という具体案がありません。

相変わらず、「より実効性のある成長戦略を」といった意見が多く聞かれますが、
専門家のなかには、従来型の高成長を前提とした経済運営は、もはやそれ自体に
無理があると指摘する人もいます。

日本経済の最大の急所は人口減少であり、少子化対策や移民の受け入れなどで
人口増加に転じるなど、よほど抜本的な環境変化がないかぎり、成長期待は
生まれないという考え方です。

その意味では成長一辺倒ではなく、仮に低成長しか実現しなかった場合でも、
中長期的に持続可能な財政健全化プランが必要になりますが、果たしていまの
日本にそんなプランを考えるだけの能力と覚悟があるのでしょうか。

一方で、財政再建に否定的な専門家もいます。

その代表が「リフレ派」と呼ばれる人たちです。

リフレは「リフレーション」(通貨再膨張)の略。

リフレ派が主張する「リフレ政策」とは、中央銀行が世の中に出回る
お金の量を増やし、国民のインフレに対する期待を高めることで、
デフレからの脱却を図ろうとする金融政策を指します。

現在の日銀も、基本的にはこうしたスタンスのもとで大規模な金融緩和を
続けています。

リフレ政策は基本的に、以下の2つの経済理論を根拠としています。


1.貨幣数量説

  「貨幣供給量×流通速度=物価×実質GDP国内総生産)」という式により、
  世の中に出回るお金の量を増やせば物価は上がると考える。

2.フィッシャー方程式(「実質金利名目金利-期待インフレ率」)

 この式を変換すると「名目金利=実質金利+期待インフレ率」なので、
 名目金利が一定ならば、期待インフレ率を高めることが実質金利の低下につながる。

 実質金利が下がることで、個人消費や企業の設備投資などが促進されるため、
 物価上昇や景気回復、すなわちデフレ脱却へ向かうと考えられる。

貨幣数量説の前提になっているのは、「世の中に供給されたお金は、
いずれ必ず消費や投資に回る」という考え方です。

世の中に出回っているお金の量が足りないから、国民はお金を使わずに
貯蓄するのであり、中央銀行がお金をどんどん刷って人びとに十分に
行き渡るようにすれば、消費も投資も増えて物価上昇や景気回復が実現する、
という理屈です。

問題は、お金を手にした国民が本当にそれを消費や投資に回すのか、
定かではないことでしょう。

フィッシャー方程式では、何はさておき人びとの期待インフレ率を高めることが
重要であり、その手段として、たとえば「インフレ目標」などのアナウンス効果
有効と考えられています。

中央銀行が、自らが掲げたインフレ目標に達するまで金融緩和を続けることを宣言し、
人びとに「近い将来インフレになる」と信じ込ませることで、消費や投資の前倒しを
誘うという方法です。

ここでも問題は、人びとが近い将来のインフレを信じたとしても、供給されたお金が
本当に消費や投資に回っていくのか、定かではないということです。

 

「お金があれば人びとはすぐに何かを買うはず」とか、「インフレになる前に
人びとは消費を増やすはず」といったリフレ政策の考え方は、私たち一般庶民の
感覚からすると、あまりに机上の空論すぎるように思えます。

恐らく、生身の人間をなめているのでしょう。

 

単なるバラマキの発想から抜け切れない

 

世の中にお金を供給する手段として、「ヘリコプターマネー」と呼ばれる
経済政策も検討されています。

これは政府が財政出動をおこなう際に、その財源にあたる部分を中央銀行
負担するもの。

自国通貨の信用を維持するために、世界各国はこれまで中央銀行国債
直接買い入れなどを通じて、財政ファイナンス(国家財政の肩代わり)に
踏み出すことを禁じてきました。

ヘリコプターマネーは国家にとって、いわば禁断の経済政策なわけです。

ほかにもMMT(現代貨幣理論)とか、FTPL(物価水準の財政理論)とか、
専門家の間では、何だか小難しい経済理論がいろいろ議論されているようです。

簡単にいうと、MMTではこんな風に考えます。

自国通貨を発行できる政府は、金利が低い間はどれだけ借金をしても(どれだけ
大量の国債を発行しても)、デフォルト(債務不履行)に陥ることはない。
だから、たとえ財政赤字の状態でも、国は極度なインフレが起きない範囲で
積極的に財政支出をおこなうべきである。


FTPLでは、こんな風に考えます。

政府が将来的な増税や歳出削減による財政再建をひとまず棚上げする。そのうえで、
「これから財政支出の拡大によって意図的に適度なインフレを起こし、債務の一部を
物価上昇によって相殺させます」と宣言することで、個人や企業のインフレ期待を
高められる。

これらは、いずれも財政再建に否定的な専門家が主張している話です。

どの話が正しいのか、私には解らないし、要はどれも結果論なので、
実際にやってみなければ何がどうなるのか解らないようにも思います。

だから、これらを主張したり検討したりすることに、とくに異議はありません。

しかしながら、いくつか気に食わない点はあります。

まず、結局はどれも単なる「お金のバラマキ」という発想から抜け切れていないこと。

供給する資金を、どのような目標に向けて何に使えば最も効果的かということが、
はっきりと見えてきません。

たとえば「アベノミクス」では、このような説明が聞かれました。

日銀の異次元緩和がもたらす円安・株高により、大手製造業とその従業員や
都市部の富裕層が潤う。そこからトリクルダウン(富のこぼれ落ち)によって、
非製造業や中小企業、地方、一般家計にも恩恵が波及していき、いよいよ
経済の好循環が始まる。


富のこぼれ落ちとは、何と一般庶民をバカにした、ふざけた説明だろうかと思います。

どのような経済理論や経済政策を駆使したとしても、恐らく単なるお金の
バラマキでは、低所得層や地方、中小・零細企業まで十分に恩恵は行き届きません。

具体的な戦略やプランがないのだから、当然でしょう。

それから、財政再建派の人たちと同様に、覚悟が感じられないこと。

日本には国内外に莫大な保有資産があるので、それに着目すれば、国の借金は
とりたてて問題にならない、という意見もあるようです。

だとしたら、将来的に日本が本当に窮地に陥った場合には、国の資産に計上される
空港や防衛施設などの公用地、さらには大量に保有している米国債を売ることも
辞さない、といったことに現時点できちんと言及しておいてほしいものです。

それはいわば子どもや孫、それ以降の世代には申し訳ないけれど、将来的に
起こり得る日本の危機的な状況には目をつぶらせてもらう、ということでしょう。

そういう言いづらいことには蓋をする割に、いつも「ああすれば、こうなる」と
偉そうに言うばかりだから、私は経済学者や市場関係者とやらが嫌いなのです。