解✦談

解りやすく、解きほぐします。

書店に並ぶ作家と作品について

パロディの毒が、いま受けるという驚き

 

ひと頃に比べると書店の数が激減したので、仕方がないのかもしれませんが、
かつては書店の棚に置いてあるのが普通だった本を、見かけなくなるケースが
増えてきました。

私がさまざまな書店を頻繁にのぞいていたのは、90年代から2000年代の
初期にかけてです。

あくまでもその当時との比較ですが、たとえば棚から消えた作家として、
以下のような人たちが挙げられます。

川西蘭/『春一番が吹くまで』(代表作、以下同)
山川健一/『壜の中のガラスの船』
落合信彦/『石油戦争』
永倉万治/『ラストワルツ』
海老沢泰久/『監督』
景山民夫/『遠い海からきたCOO』

ノンフィクションでは、以下の人たち。

山崎浩一/『なぜなにキーワード図鑑』
栗本慎一郎/『パンツをはいたサル』


書店の棚に作家の名札は見かけるものの、本が見当たらない例としては

池澤夏樹の『マリコ/マリキータ』
久世光彦の『卑弥呼
五木寛之の『こがね虫たちの夜』『内灘夫人』『変奏曲』
川本三郎の『都市の感受性』
中島梓の『コミュニケーション不全症候群』

などがあります。

これらは私の愛読書だったのですが、ある時期にすべて売ってしまいました。

いまではアマゾンなどで古本を買うしか手がないというのは、何だか
寂しい気がします。

また、一時は村上春樹とともに棚の大きな部分を占領していた村上龍の作品も、
一部を除いて書店での在庫が激減しています。

なかには宗教的な問題や盗作疑惑などで、出版業界から干されたと思われる
作家もいます。

内容の時事性が強すぎて、あまりに時代と合わなくなったため、
置かれなくなったノンフィクションもあるでしょう。

それにしても、当時の人気を知る身としては、まるで存在しないかのような
現在の扱いぶりには驚くとともに、呆れるばかりです。

清水義範も、そんな「書店から消えてしまった作家」のひとりでした。

ところがコロナ禍で巣ごもり需要が拡大するなか、なぜか彼の著作が
注目されるようになったようです。

たしか今年(21年)に入ってからのことだったと思います。

清水義範『国語入試問題必勝法』講談社文庫)が書店の棚に、
しかも本の表紙が見えるかたちで目立つように並べてあるのを、
何度も目撃するようになりました。

私にとって驚きは2つあります。

まず、この本が「いま受けるのか」という驚き。

それから、この本が「受けた」であろうにもかかわらず、
彼の他の著作がほとんど書店に並ばないという驚きです。

『国語入試問題必勝法』は、いわゆる毒の効いたパロディ小説集です。

7つの短編のなかで、あるときは丸谷才一(※)の文体を、
あるときはボケ老人の振る舞いを、あるときは長嶋茂雄
はじめとするプロ野球解説者の語調をパロッています。

(※)丸谷才一:小説家、文芸評論家。一部の期間を除いて、
   独自の歴史的仮名づかいを用いたことで有名。

パロられた当人である丸谷才一が解説を書いているというのが、
また面白いのですが、そこには「揶揄(やゆ)と嘲弄(ちょうろう)が
まず思い浮かぶパロディの機能である」と記されています。

『国語入試問題必勝法』は実際のところ、話によっては揶揄と
嘲弄があまりに痛烈であり、なおかつそれが的を射ています。

とくに、ひとつ目の短編《猿蟹合戦とは何か》と、2つ目の短編で
表題作でもある《国語入試問題必勝法》のなかでは、日本の国語教育に
携わる予備校教師や大学教授などに対して、以下のような内容の、
まことに痛快な批判が展開されます。


《猿蟹合戦とは何か》

どう考えてもこんなものは国語の問題ではない。
…この駄文の題名が「目玉」で正解なのだと
子供に教え込むことは、感受性豊かな子供に
馬鹿養成ギプスをはめるのと同じ行為である


《国語入試問題必勝法》

…世の中には神秘的気分や幻想的な美を描いた詩や散文は
存在するのだが、国語問題の出題者のレベルでは、そういう
高度なものは理解できない。だから、出題するはずがない…。
奴らが理解できて、喜んで出題するのは故郷への思い、…
…くらいが関の山で、どちらにしても人間の心情のことばかり…。


こういう過激な内容は、現代の草食的な生き方を好む人々にとって
受け入れがたく、だからこそ清水義範の著作は書店に置かれなくなったのかな、
と私は勝手に思っていました。

意外にもそれが、そうでもなかった。しかし、だとしたら、です。

なぜ他の著作が一緒に書店の棚に並ばないのか。

 

揶揄や嘲弄が満載のぶった切り批評

 

いま私の手元にある『国語入試問題必勝法』は、いつ買ったのか忘れましたが、
奥付をみると「2019年3月8日第43刷発行」と書いてあります。

ちなみに私はこの本を、過去に3回ほど買い直しています。

ブックカバーには、清水義範作品として30種類のタイトルが記してあるので、
講談社文庫として少なくともこの30冊は、いちどは世に出たということでしょう。

ところが、巻末にある2018年12月15日現在の「講談社文庫目録」をみると、
清水義範の作品は『国語入試問題必勝法』をはじめとして6タイトルしか
記載されていません。

ということは、それ以外のタイトルについては、文庫としてすでに廃刊に
なったということでしょうか。

そのなかには、恐らく多くの清水義範ファンが『国語入試問題必勝法』と双璧の
名著に挙げるであろう、『永遠のジャック&ベティ』も含まれています。

これが書店に並ばないという、その辺の経緯がよく分かりません。

『永遠のジャック&ベティ』はいま私の手元にもなく、読んだのは20年以上前の
ことなので、細かい内容は忘れましたが、とにかく《ワープロ爺さん》という話が
あまりに面白すぎて、涙を流しながら笑ったことは覚えています。

もしや、この《ワープロ爺さん》は、老人をバカにし過ぎているということで、
自主規制の対象にでもなっているのでしょうか。

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パロディではありませんが、揶揄や嘲弄が満載の1冊として私が好きな本に、
斎藤美奈子『文壇アイドル論』(文春文庫)があります。

村上春樹俵万智吉本ばなな林真理子上野千鶴子立花隆
村上龍田中康夫という、おもに80年代~90年代に一世を風靡した
作家や言論人を取り上げて、彼らがなぜアイドルになったかを考察した
ユニークな試みです。

たとえば、俵万智の章。

デビュー作の短歌集『サラダ記念日』(1987年)が大ヒットしたことで、
世の中に短文人気が広がり、それが90年代の各種「サラリーマン川柳」や
『日本一短い「母」への手紙』、相田みつをの『にんげんだもの』などの
ブームにつながったと、まずは解説しています。

そのうえで、それら90年代にブームとなった3つの作品のなかから
一例ずつを取り上げ、以下のようにぶった切ります。

洗練もワザもなし。こんなものが90年代に入ってからベストセラーに
なったのかと思うと、めまいがします。

が、これらを「ええ詩やなあ」と思っているのは、『サラダ記念日』の
読者と同じ層。

相田みつを現象」をつくった人たちがその前にはおそらく
「サラダ現象」を
支えていたのです。

村上龍の章では、彼について書かれた吉本ばなな田口ランディの文章を
それぞれ紹介したうえで、またまた以下のようにぶった切ります。

ワタシは龍さんとお友だちなんでーす、と読者に自慢してるだけ。

ばななやランディはそれでもいちおう作家です。

中学生のファンではあるまいし、…ここにも村上龍の「人をバカにさせる力」が
働いています。

斎藤美奈子の著作は他にも何冊か読みましたが、『文壇アイドル論』をしのぐ
作品はないような気がします。

『文壇アイドル論』を含めて、彼女の文章は痛快な部分が多い一方で、
社会背景や広告・マーケティングの側面など、分析があまりに多角的なため、
読んでいて疲れてしまうところがあります。

現在のところ、書店には置かれていることが多いようなので、こういう種類の
文章に対して、たとえばいまの若者たちがどのような印象をもつのか、
ちょっと興味をそそられます。