解✦談

解りやすく、解きほぐします。

昆虫の「変態」という変な性質

親と子が独立したライフステージを送る

 

小学校1年のとき、クラスの文集に将来の夢として「昆虫博士になりたい」と
書いた覚えがあります。

その当時、私たち男子にとって昆虫は、非常に身近な存在でした。

多くの子どもが『ファーブル昆虫記』を読んでいました。

セミやカマキリがいたら背後からつかんで持つ。

トンボは目を回させてから素手でつかまえる。

たまにカミキリやクワガタを見つけたら、わざと指をはさませてみる…。

これらは、ザリガニの手を引きちぎって、新たなザリガニを釣るための
エサにすることと同じように、仲間内では日常的におこなわれていた、
儀式とも遊びともつかない当然の作業でした。

夏休みの自由研究で、カブトムシが幼虫からサナギ、成虫へと変化していく
様子を観察し、写真付きのレポートにして先生に提出したこともありました。

あの頃は昆虫がそんな風に「変態」をすることを、なぜか当然のこととして
受け入れていたような気がします。

いま改めて考えてみると、昆虫に備わった変態という性質は、
なぜそんなことができるようになったのか、不思議でなりません。

かつて栗本慎一郎が著書のなかで、「変態などという不思議な性質を
もつところをみると、昆虫はもしかして宇宙から飛来したのではないか」と
書いていて、私もその説を半分信じているようなところがありました。

『起源図鑑』(2017年発行、ディスカヴァー・トゥエンティワン)によると、
昆虫の起源は約4億8000万年前にあり、約4億4000万年前に生命体として初めて、
海から陸地に完全に上がって生息するようになったと考えられるそうです。

陸地で生息するためには、脱水や重力、呼吸、日々の温度差などに対処するほか、
日光にされされるリスクとも向き合わなければなりません。

一方で、陸地は海中よりも食料が豊富で、捕食者も少ないというメリットが
あります。

約4億年前になると、昆虫は翅(はね)を使って飛行を始めます。

翅という大きな武器を身につけたことで、食料や住処(すみか)、つがいの相手を
見つけたり、捕食者から逃げたり、体温を調節することが可能になり、それらが
昆虫の繁栄に大きく貢献したと考えられます。

そして、さらに昆虫の繁栄を決定づけたのが、約3億5000万年前に変態という
性質を獲得したことです。

それまでの昆虫は、成虫に似た小型の体で脱皮を繰り返しながら、徐々に
大きくなるという方法で成長していました。

対して変態する昆虫では、幼虫と成虫の見た目が大きく変わります。

変態のなかでもサナギの期間があるものを完全変態といいます。

完全変態する昆虫では、生涯全体が以下のようにステージ分けされます。

●幼虫/ひたすらエサを食べることに専念する。
●サナギ/細胞分裂が起こり、幼虫の体をつくる細胞が減って、成虫の体に
  必要な細胞が増える。
●成虫/ひたすら生殖に専念する。

各ステージでは、食べるものも異なります。

たとえば完全変態するチョウは、幼虫の期間には栄養豊富な植物の葉を大量に
食べますが、成虫は花の蜜を少し飲むだけです。

サナギの期間中に幼虫から成虫へと、まったく違う姿に変化することで、
各ステージごとに違う環境や食料で生きていくことが可能になるわけです。

このようにして親と子が食料資源を奪い合うことなく、それぞれの
ライフステージを独立して送ることで、種としての生存には非常に
有利に働きます。

貴重な時間を生殖という子孫を残す行為に注力するため、ホタルなど
多くの昆虫は短い成虫の期間に何も食べず、なかには口や消化器官すら
持たない昆虫もいるようです。

 

変態という性質を獲得したことで、昆虫は絶滅に強い生き物になったとも
いわれています。

2億5000万年前のベルム紀に起きた大量絶滅では、生物種の90%が
絶滅しましたが、完全変態する昆虫にはほとんど影響がなかったようです。

サナギは凍結や乾燥など、あらゆる種類の環境激変に耐性があることから、
恐らくサナギという移行期間の存在が昆虫の環境適応力を高めていると
思われます。

 

大成功を収めた昆虫の生存戦略

 

昆虫にはサナギの期間がない「不完全変態」をするものや、幼虫と成虫の形態に
ほとんど変化がなく、成虫に翅がない「無変態」のものもいます。

完全変態をするものは、いわば最も進化したかたちの昆虫であり、いまでは
昆虫全体の8割を占めているそうです。

香川照之の昆虫すごいぜ!図鑑Vol.2』NHK出版)には、完全変態する
昆虫としてカブトムシやミヤマクワガタオオムラサキ(チョウ)などが
取り上げられています。

このほか、アリやカナブン、ミツバチなども完全変態する昆虫です。

昆虫の生存戦略は、地球上の動物全体としてみても大成功を収めたようです。

いまでは知られている全動物種のうち4分の3が昆虫であり、その数は100万種、
しかもまだ見つかっていない種が400万~500万はあると推測されています。

さて、昆虫が変態という性質を身につけた理由については、何となく
解ったような気がします。

しかし、なぜそんな性質を身につけることができたのか、具体的には
よく解りません。

進化に関する話はいつもそうなのですが、何億年もの間に遺伝子の
突然変異が起き、結果として環境変化に適応できたものが残ったのだと
いわれたら、「ふ~ん、そうですか」と応えるしかありません。

翅がはえる際に、あるいは子どもと親がまったく違う形になるために、
遺伝子の何がどう変わったのか。

そういう説明をしてくれる研究者というのは、どこかにいるのでしょうか。

もっと早く、その不思議さに気づいて研究者をめざしていれば、
私も念願の昆虫博士になれたかもしれませんが、もう遅いですね。

実は小学校4年のとき、「天文学者になりたい」とも思ったのですが、
高校で地学を選択してみて、そのあまりの難しさに諦めました。

自然科学は好きなのですが、いざ学問ということになると、
まったく歯が立たないというのが私の哀しい現実のようです。