解✦談

解りやすく、解きほぐします。

好きな歌詞あれこれ

歌詞というのは、不思議なものです。

それぞれの歌詞によって、自分の感じ方というか、刺激を受ける部分が
さまざまに変わってくるからです。

好きな歌詞に出合うたびに、自分にはこんな感受性があったのか、
こういう部分に心を動かされるのかと、改めて気づかされます。

たとえば、ユーミンの楽曲で私がいちばん好きなのは、
1977年のシングル『潮風にちぎれて』です。

【泳ぐにはまだ早い 寄せくる波くるぶしまで
 あなたの好きなこのサンダル なぜ履いてきたんだろう】

【砂浜に打ち寄せた 木切れ拾い沖へ投げた
 あなたと歩いた年月を 蹴散らしてみたかった】

情景と心情の両方が伝わってくる素晴らしい、出だしのフレーズだと思います。

この歌詞は私に、ユーミンの他の楽曲を連想させます。

ひとつは『天気雨』

【波打ちぎわをうまく 濡れぬように歩くあなた
 まるで私の恋を 注意深くかわすように】

【きついズックのかかと 踏んで私 前を行けば
 あなたは素足を見て ほんの少し感じるかも】

1976年のアルバム『14番目の月』に収録された1曲ですが、ここでの「私」は、
「あなた」の目に自分がどのように映っているのかを、すごく気にしている
感じがします。

もうひとつは、『DESTINY』のこんな歌詞です。

【冷たくされていつかは 見返すつもりだった
 それからどこへ行くにも 着飾ってたのに】

【どうしてなの 今日にかぎって 安いサンダルを履いてた】

1979年のアルバム『悲しいほどお天気』に収録された1曲で、ここでも主人公は、
元彼氏の目に映る自分の姿を気にしています。しかも、かなり歪んだかたちで。


『潮風にちぎれて』でも、「あなたの好きなサンダルを履いてきた」のだから、
相手の目に映る自分を気にしていることは確かです。しかし、他の2曲とは、
その意味合いがずいぶん異なります。

『天気雨』が憧れの恋、『DESTINY』が未練の恋だとしたら、
『潮風にちぎれて』は、あきらめの恋なのだと思います。

あきらめるために「蹴散らす」という強い言葉を使っているけれど、
まだ相手のことが好きで、だからこそ、わざと「あなたの好きなサンダルを
履いてきた」のでしょう。

『潮風にちぎれて』のラストは、こんなフレーズで締めくくられます。

【あなたと来なくたって 私はもとからこの海が好き】

こういう強がりの部分に、私はどうにも魅かれてしまうのです。

       ★       ★       ★

松田聖子のベスト3を挙げろと言われたら、迷うことなく以下の3曲と答えます。

一千一秒物語/1981年のアルバム『風立ちぬ』に収録
レモネードの夏/1982年のシングル『渚のバルコニー』のB面
『蒼いフォトグラフ』/1983年のシングル『瞳はダイアモンド』のB面(後に両A面)

このベスト3は私のなかで、恐らく死ぬまで変わりません。

ベスト1は『蒼いフォトグラフ』なのですが、それは歌詞によるところが
大きいように思います。


まず、これは素人には絶対に書けないだろうなと唸ってしまう、
作詞家・松本隆の名フレーズ。

【光と影のなかで 腕を組んでいる
 いちど破いてテープで貼った 蒼いフォトグラフ】

「光と影」は、実際の写真にある光と影はもちろん、自分と「あなた」が
過ごした時間の、夢もあったけれど不安定でもあった、そういう光と影も
表しているのでしょう。

写真をいちど破いたけれど、やっぱりテープで貼ったという表現には、
2つの意味があると思います。

①いったんは「あなた」のことを忘れてしまおうと思ったが、
 想い出として残すことにした

②いまから思えば未熟だった過去の自分についても、「あなた」と
 過ごした時間とともに、想い出として残すことにした

つまり、ここでいう「蒼いフォトグラフ」とは、自分にとっての「あなた」を
指すと同時に、過去の自分も指しているわけです。いや、もっと言うなら、
自分が過ごした「あの頃のすべて」でしょうか。


そして2番には、「よくぞこれを書いてくれた」と言いたくなるような、
私が最も好きな歌詞が出てきます。

【次に誰か好きになっても こんなピュアに愛せないわ
 いちばんきれいな風に あなたと吹かれてたから】

たとえ青臭いと言われようとも、やっぱり人には「きれいな風」を感じる
瞬間があり、できることならそれを好きな人と一緒に感じたいのです。

       ★       ★       ★

私にとって長渕剛のベスト1は『いつものより道もどり道』です。
これは1979年のデビューアルバム『風は南から』に収録された1曲。

2番の歌詞がたまりません。

【お金に困ったときでも 夕食の支度するのに
 なぜか楽しさまで感じてました ひとりのいまは なぜか喉につかえます】

【あなたのつくった唄を ひとり口ずさんでます
 私いまごろ あなたが解ってきました 私に対する思いやりみたいなもの】


いまはどうか知りませんが、かつて貧乏暮らしは若者の特権のように
言われた時代もありました。

でも、実際に2人で貧乏暮らしをするためには、この歌詞にあるような
楽観と「たくましさ」が必要なんですよね。

そして、どこまでも相手を信じて疑わない、ストレートな純粋さ。

この歌詞は私に、かわいい猫を見るときの気持ちを思い出させます。

なんとも微笑ましく、思わず口元が緩んでしまうような、あの気持ち。

これもやはり青臭いのかもしれませんが、私にとっては大切な気持ちを
いつも確認させてくれる、愛おしい歌詞になっています。