解✦談

解りやすく、解きほぐします。

スーパーウイルスと気候変動

眠っていた怪物が目覚めるリスク

 

家の本棚に『人類が絶滅する6のシナリオ』という本がありました。

これは2013年に河出書房新社から単行本として刊行され、2017年に河出文庫として
再刊されたもの。

著者は、米国の科学雑誌『サイエンティフィック・アメリカン』の編集長を務める
フレッド・グテルという人です。

私が文庫を買ったのは2018年頃だったと思います。当時は飛ばし読みでパラパラッと
ページをめくって、そのまま本棚行きとなっていたのですが、改めて読んでみると、
ビックリするような内容が見つかりました。

第1章の《世界を滅ぼすスーパーウイルス》では、2009年に発生した
新型インフルエンザの世界的流行について、「幸運だったのだ」と書かれています。
新型のH1N1ウイルスが穏やかだった(致死率が低かった)からです。

そして、ウイルスがもっと凶悪だった場合に、事態はどうなったかという
予測ストーリーが付記されています。

 

そこには米国大統領と、米国疾病予防管理センター(CDC)所長のやりとりとして、
こんな会話が描かれています。

●米国大統領/「なぜ、この事態が予見できなかったんだ。なぜ、あらかじめ
  備えておかないのか」

●CDC所長/「ウイルスがこれほど恐ろしいものに変わることは、誰も想定して
  いませんでした。今回、流行している株はまったく未知なものなので、
  ワクチン製造には数カ月を要します。間もなく、病院のベッドや人工呼吸器は
  足りなくなり、医療従事者も不足するでしょう。そして、大勢の人が亡くなります」

解説にはこうあります。

短期間に大量の患者が出れば、人工呼吸器は非常に貴重になる。各病院は自由に
使えず、順番を待たねばならなくなる。病院のベッドはすぐに空きがなくなり、
それ以後、患者は自宅にいるしかない。

この本が現在のコロナ禍と似たような事態を、かなり正確に予測していたことが
分かります。


第3章の《突然起こり得る気候変動》には、以下のようなことが書かれています。

グリーンランドの氷床をドリルで掘削し、氷床コアを取り出して調べた結果、
 「グリーンランドの気温がわずか10年間で10度以上、上昇したという事例」が、
  過去10万年の間に10回は起きていることが確認された。

●「地球の気候はそう遠くない将来、突如として急激な変化を起こし、現在とは
  まったく異なる状態へと移行する恐れがある。いったん変化が起きてしまえば、
  元に戻すことはほとんど不可能であり、人類を破滅に導く可能性が高い」
  --という考えが、科学者の間では徐々に広く認められるようになってきている。

警告を発するために、ずいぶん怖い表現が使われているように思えますが、
日本に住む私たちにとっても、あながち他人ごとではなくなってきたような
気がします。

多発するゲリラ豪雨や上陸する台風の巨大化といった近年の傾向に加えて、
今年は夏場の長雨や北海道地方の高温など、日本列島における新たな異常気象の
兆しも見てとれます。

 

新聞報道によると、国連の気候変動に関する政府間パネルIPCC)は今年8月9日に、
「2021年~40年に、産業革命前と比べた世界の気温上昇が1.5度に達する」との予測を
発表しました。2018年の報告書で想定していたよりも10年ほど早いペースで、地球の
気温上昇が進んでいることになります。

今年は6月から7月にかけて、米国やカナダの一部地域で気温が摂氏50度前後まで
上昇し、両国では大規模な山火事が多発しました。

さらに、シベリアや極東地域でも平年を大きく上回る高温が続き、ロシアにおける
山火事の拡大も深刻さを増しているとのこと。

ロシアでは昨年(2020年)、ギリシャ一国分に相当する面積の土地が焼失し、
そのほとんどがシベリアなどの永久凍土帯だったそうです。

永久凍土で火事が続くというのも変な話ですが、冬場に雪で覆われて鎮火したように
見えても、地中の泥炭はくすぶり続けて、夏場に地表で発火するという仕組みです。
「ゾンビ火災」と呼ばれるこの現象は、地球温暖化が招いたものと言われており、
今年もその影響が大きいと考えられます。


永久凍土のなかには、1万年以上かかって植物などが不完全に分解され、
二酸化炭素やメタンガスとして閉じ込められています。

それらが火災などで放出され、地球温暖化をさらに加速させる可能性が
指摘されていますが、もうひとつ、恐ろしいリスクもあります。

2016年には西シベリアで「炭そ菌」の感染が広がり、少年ひとりと2000頭以上の
トナカイが死亡する事件がありました。75年以上前のトナカイの凍結死骸が溶けて、
感染源になったことが確認されています。

科学者の間では、永久凍土のなかで休眠状態にある怪物(細菌や病原体)が、
温暖化によって目覚めることに警戒が強まっているようです。

 

露呈するかもしれない災厄に目をつぶる


再び、『人類が絶滅する6のシナリオ』の話に戻ります。

同書の《はじめに》には、こんなことが書かれています。

●科学者、技術者という人種は一般に、楽観的な考え方をする。彼らは自分たちが
  研究・開発するものを愛しており、それについて楽しそうに話すのが常だ。

●気候変動や生物兵器に関して盛んに警告を発している人たちであっても、
  その態度はふつう、前向きであり、悲惨な事態の到来をどうすれば防げるか、
  ということを主に話す。

●未来を正確に予測することはできないが、「最悪の場合、何が起こり得るか」を
  考えてみるのは良いことだと私は思う。そうすることで、私たち人類がいま、
  地球のなかでどういう存在なのかがよくわかる。


人間の心理には、ある目的を達成したり、ある状態を維持するために、
いつか露呈するかもしれない災厄やリスクに目をつぶるという傾向が
あるように思います。

それは楽観的というよりも、無謀や鈍感と呼んだ方がいいのかもしれません。

第二次世界大戦後の日本では、経済的な繁栄を達成・維持するため、
人びとの間にあまねく、そうした心理が広がっていったような気がします。

その代表が、さまざまな公害や交通事故の問題ですが、かつてに比べて
公害による健康被害や交通死亡事故が減った後も、人びとの間に無謀や鈍感は
居座り続けています。

たとえば以前、ウォークマンや携帯電話、家庭用ゲーム機の普及によって、
自閉症的な人間が増えると指摘した人がいました。これらが発する電磁波が、
脳に何らかの影響を及ぼすという意見もありました。

そんな指摘や意見は、いまではもう都市伝説の類いかもしれませんが、
パソコンやインターネットも加わり、全体的な傾向として人びとの自閉化は
確実に進んだと、私は感じています。

 

私の性質をよく知っている友人ならば、「それはお前がデジタル嫌いだからだ」と
一笑に付すことでしょう。

また、最近の私は、新幹線の「のぞみ」は「G(加速度)がかかって不快だから」と、
「ひかり」や「こだま」にしか乗らなくなりました。

何かと科学技術に不信感を抱くのは、私が歳を取ったせいかもしれません。

 

それはともかくとして、たとえば2011年の東日本大震災については、
どう考えればいいのでしょうか。

震災直後、何かにつけて「想定外」という言葉が使われましたが、実は前年の
2010年に産業技術総合研究所の研究グループが、大地震と大津波の可能性を
国に報告していたという事実が、大震災の後になって判明しました。

2009年には同研究所の研究者が、869年に起きた貞観(じょうがん)地震による
津波で運ばれた堆積物の研究をもとに、東京電力に対して、福島第一原子力発電所
地震想定に関する見直しを求めていました。

つまり、国と東京電力が想定している規模以上の地震津波が発生して、
原発が大きなリスクにさらされる可能性を指摘していたわけです。


いまさらこんな話を持ち出すまでもなく、「そら見たことか」と
言いたくなるような事態は、コロナ禍の現在も多数、進行中です。

このままだと近い将来、毎年のように過去には経験したことのない異常気象が発生し、
毎年のように新種のウイルスが蔓延することになっても不思議ではありません。

それでも人びとは、根本的な問題解決には取り組まないのかもしれません。

「地球に住めなくなったら、宇宙に出ていけばいいや」。

そんな風に言い出す金持ちが増え、それを科学技術が後押しするような日が
意外と近いのかもしれないと、最近の宇宙開発や宇宙旅行をめぐる空騒ぎを
見ていて思います。